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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)11525号 判決

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する昭和六二年九月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  第2項について仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

(本件競売事件の経緯)

1 株式会社芝浦製作所(以下「芝浦製作所」という。)は、昭和五五年一〇月二二日、横浜地方裁判所(以下「横浜地裁」という。)に対し、原告所有の別紙物件目録記載一の土地(以下「本件土地」という。)及び同目録記載二の建物(以下「本件建物」といい、本件土地と併せて「本件不動産」という。)について、根抵当権の実行として競売の申立てをなし(以下「本件競売事件」という。)、同地裁は、同月二五日、本件不動産について、不動産競売開始決定をした。

2 横浜地裁は、昭和五六年四月二一日、本件不動産の最低売却価額を三三九七万一〇〇〇円と定めたが、同五七年六月一八日に、右価額を二七一七万六〇〇〇円に変更し、さらに、同六〇年一一月二〇日に、右価額を一八七一万円に変更した。

3 横浜地裁は、昭和六〇年一二月一三日の期日入札期日に最高価の二〇〇〇万円で買受けの申出をした季雄基に対し、同月二〇日、売却許可決定をなし、同人は同六一年二月一九日、右代金を納付した。

(違法行為)

4(一) 横浜地裁書記官は、原告に対して前記1の競売開始決定の送達及び次の(1)から(4)までに掲げる入札期日等の通知をしただけで、次の(5)から(9)までに掲げる入札期日等の通知をしなかった(以下右各通知を、「本件(1)の通知」、「本件(2)の通知」というように略称する。)。

(1) 入札期日 昭和五六年五月一五日

売却決定期日 〃 五月二二日

(2) 入札期日 〃 六月一九日

売却決定期日 〃 六月二六日

(3) 入札期日 〃 七月三一日

売却決定期日 〃 八月七日

(4) 入札期日 昭和五七年三月一二日

売却決定期日 〃 三月一九日

(5) 入札期間 〃 九月三日から同月一〇日まで

売却決定期日 〃 九月二四日

(6) 入札期間 昭和五八年一月七日から同月一四日まで

売却決定期日 〃 一月二八日

(7) 入札期間 〃 六月三日から同月一〇日まで

売却決定期日 昭和五八年六月二四日

(8) 入札期間 〃 一〇月七日から一〇月一四日まで

売却決定期日 〃 一〇月二八日

(9) 入札期日 昭和六〇年一二月一三日

売却決定期日 〃 一二月二〇日

(二) 民事執行規則(以下「規則」という。)一七三条一項において準用される規則三七条及び四九条は、入札期日(又は入札期間)及び売却決定期日(以下「入札期日等」という。)が定められたときは、裁判所書記官(以下「書記官」という。)は、当該不動産について差押えの登記前に登記がされた権利を有する者に対し、入札期日等を開く日時及び場所を通知しなければならないと定めている。

(三) したがって、横浜地裁書記官が、原告に対し、本件(5)から(9)までの通知を怠った行為は、被告の公務員がその職務を行なうについてした故意又は過失による違法な行為である。

(損害)

5(一) 原告は、親族、知人等に本件不動産を買受けるよう依頼していたものであり、横浜地裁書記官が、原告に対して本件(5)から(9)までの各通知をしていれば、右の親族・知人が、本件不動産を三〇〇〇万円以上で買受けていたものである。

(二) また、横浜地裁書記官が、原告に対し、本件(5)から(9)までの各通知をしていれば、原告は、前記2の最低売却価額の変更決定に対して執行異議の申立てをなし、右価額を三〇〇〇万円以上に是正することができたものである。

(三) したがって、横浜地裁書記官の前記行為によって、原告は一〇〇〇万円の損害を被った。

(結論)

6 よって、原告は、被告に対し、国家賠償法一条に基づき、損害賠償として一〇〇〇万円及びこれに対する違法行為の後である昭和六二年九月二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1から3までの事実は認める。

2  同4のうち、(一)の事実は認め、(三)の主張は争う。

横浜地裁書記官は、原告に対し、本件(5)の通知を発送したが、右通知は転居先不明として返戻されたものである。

3  同5の事実は否認する。

(一) 本件競売事件における債権者の債権額及び競売手続費用の総額は一億円を超えており、原告の親族等が本件不動産を三〇〇〇万円以上で買受けたとしても、原告は、本件競売事件において、剰余金の交付を受けることはできなかったのであるから、原告に損害は生じないものである。

(二) 横浜地裁が、昭和五六年四月二一日に最低売却価額を変更したのは、従前の最低売却価額が高額すぎて、右変更までの四回の期日入札において、全く入札者がなかったためである。また、同地裁が、同六〇年一一月二〇日に最低売却価額を変更したのは、その後も、四回の期間入札において、全く入札者がなかったこと及び芝浦製作所が、競売開始決定後に本件土地から分筆された道路部分二五・九二平方メートルについての競売の申立てを取下げたことから、最低売却価額の変更の必要が生じたことによるものである。同地裁は、評価人大多和徳弘に本件不動産の再評価を命じたうえ、右評価に基づいて右変更をしたものであるから、右変更は、相当であった。

したがって、原告が、最低売却価額の変更に対する執行異議を申立てたとしても、最低売却価額を三〇〇〇万円以上に是正することはできなかったものである。

三  被告の主張

横浜地裁書記官が、原告に対し、本件(5)から(9)までの通知をしなかった経緯は、次のとおりであるから、同書記官が、原告に対し、右の通知をしなかった行為は違法ではない。すなわち、

1  民事執行法(以下「法」という。)一六条一項には、「民事執行の手続について、……執行裁判所から文書の送達を受けた者は、その住所……を変更したときは、その旨を執行裁判所に届け出なければならない。」と定めて、規則三条五項は、「この規則の規定による通知は、これを受けるべき者の所在が明らかでないときは、することを要しない。」と定めている。

2  横浜地裁書記官は、原告に対し、原告の登記簿上の住所である名古屋市北区金城町二丁目八番地(以下「旧住所」ともいう。)に宛てて、競売開始決定の送達及び本件(1)から(4)までの通知をした。

3  横浜地裁書記官は、昭和五七年八月六日、原告に対し、旧住所に宛てて、本件(5)の通知を発送したが、右通知に係る郵便物は、同月一一日、転居先不明として返戻された。

4  原告は、その後、横浜地裁に対し、住所変更の届出をしなかった。

5  以上のとおり、横浜地裁書記官は、原告の所在が明らかでなかったため、原告に対する通知をしなかったものである。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張2の事実は認める。

けれども、原告は、昭和五六年三月二一日、旧住所から本件建物の所在地である横浜市南区永田東二丁目一六番三号(以下「新住所」ともいう。)に転居し、旧住所から新住所に転送された本件(1)から(4)までの通知を受領したものである。

2  被告の主張3及び4の事実は認める。

3  同5の事実は否認する。

原告の住所は、記録上明らかであったものである。すなわち、

(一) 横浜地裁書記官は、本件(5)の通知に係る郵便物が返戻された後である昭和五七年九月三日、原告に対し、芝浦製作所の提出した競売の一部取下書副本を発送したが、原告は新住所で右副本を受領し、横浜地裁には、右副本は返戻されなかった。

(二) 執行官戸倉一成が昭和六〇年九月四日提出した追加現況調査報告書及び評価人大多和徳弘が同年八月二八日提出した評価書中には、「原告が、昭和五六年三月二一日以降、本件建物に居住している。」旨の記載がある。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1から3までの事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因4(一)の事実は、当事者間に争いがない。

原告は、「横浜地裁書記官が、原告に対して本件(5)から(9)までの通知をしなかった行為は、違法な行為である。」と主張する。

〈証拠〉によると次の事実が認められる。

1  原告は、昭和五五年一〇月二五日の本件競売開始決定当時、名古屋市北区金城町二丁目八番地に居住しており、競売開始決定正本も同所で送達を受けた。

2  原告は、同年三月二一日、本件不動産の所在地である横浜市南区永田東二丁目一六番三号に転居したが、横浜地裁に対し民事執行法一六条一項に定める住所変更届出をしなかった。

3  横浜地裁書記官は、本件(1)から(4)までの通知を、原告の前記名古屋市の旧住所に宛てて発送し(右事実は、当事者間に争いがない。)、右各通知は横浜市の新住所に転送されて原告がこれを受領した。原告は、横浜地裁が、旧住所を原告の住所として扱っていることを知るに至ったが、横浜地裁に新住所を届け出る等の措置を全くとらなかった。

4  横浜地裁書記官は、昭和五七年八月六日、原告に対する本件(5)の通知を旧住所に宛てて発送したが、右通知は、同月一一日、転居先不明の事由で横浜地裁に返戻された。そこで、横浜地裁書記官は、原告の所在が明らかでないものとして、これを記録上明らかにしたうえ、以後原告に対する本件(6)から(9)までの通知をしなかった。

5  本件競売事件の評価人大多和徳弘は、昭和六〇年八月二八日ころ、横浜地裁に、原告が昭和五六年三月二一日からその家族と共に本件不動産のうちの建物の一部を居住用として使用している旨の記載のある追加評価書を提出し、また執行官戸倉一成は、同六〇年九月四日に同じく、原告が同五六年三月二一日から本件不動産を占有している旨の記載がある追加現況調査報告書を提出していた。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、民事執行法は、執行裁判所から文書の送達を受けた者は、民事執行手続中に住所を変更したときはその旨を執行裁判所に届け出なければならないものとし(同法一六条一項)、その届出をしない者に対する文書の送達は、事件記録に表れたその者の住所にあてて書留郵便に付して発送すれば足りるものと規定し(同条二項)、さらに、民事執行規則は、同規則の規定による通知は、これを受けるべき者の所在が明らかでないときは、することを要しないと定めている(三条五項)。

したがって、前記認定の事実によれば、横浜地裁書記官が原告に対して本件(5)から(8)までの通知をしなかったことについては、原告の所在が明らかでないときに当たるから、違法の点はないものというべきである。けれども、本件(9)の通知をしなかったことについては、前記追加評価書と追加現況調査報告書とにより、昭和六〇年八月二八日ころには、原告の所在が明らかでないときに当らなくなったのであるから、民事執行手続においては、通知をすべきものであったというべきである。

原告は、横浜地裁書記官が、昭和五七年九月三日、原告に対して発送した本件競売事件の一部取下書副本は、原告が新住所で受領しており、横浜地裁には返戻されなかったものであるから、原告の所在が明らかでないときに当たらないと主張する。けれども、右取下書副本が旧住所、新住所のいずれに宛てて発送されたものかについては、証拠上明らかでなく、新住所に宛てて発送されたものとすることはできないから、原告の右主張は失当である。

そこで、横浜地裁書記官が原告に対して本件(9)の入札期日等の通知をしなかった行為が、違法であるか否かについて考えてみる。

民事執行法上、不動産競売事件においては、入札期日等は公告がなされるものであり、その通知を欠いたとしても、それは軽微な瑕疵として売却不許可事由とはならないものであること、原告に対して本件(9)の通知を欠くことになったことについては、原告がその住所を変更した旨を横浜地裁に届け出なければならなかったのに、その届出をしなかったのがその一因であり、また横浜地裁書記官が原告の所在が明らかでないときに当たると判断したことについても、前記認定の事情が認められることからすると、横浜地裁書記官が原告に対して本件(9)の通知をしなかった行為は、国家賠償法一条の規定の適用上、違法と評価することはできないものといわなければならない。

三  してみると、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 菅原晴郎 裁判官 一宮なほみ 裁判官 大野和明は、転任につき、署名押印することができない。裁判長裁判官 菅原晴郎)

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